大阪地方裁判所 平成元年(ワ)6398号 判決 1992年2月21日
主文
一 被告は、別紙物件目録記載(二)の建物のうち、別紙図面(一)及び(二)に青斜線で表示した部分を撤去せよ。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
理由
【事 実】
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、別紙物件目録記載(二)の建物のうち、別紙図面(一)及び(二)に赤斜線で表示した部分を撤去せよ。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 当事者
(一) 原告は、昭和五三年四月に完成した、別紙物件目録記載(一)の建物(以下「原告建物」という。)を所有して、妻及び長男とともに居住している者である(以下、原告、その妻及び長男を併せて、「原告ら」ともいう。)。
(二) 被告は、昭和六三年秋に原告建物の敷地の南側に隣接する土地(以下「被告建物敷地」という。)を取得し、その地上に、翌平成元年三月に着工して、同年七月に完成した別紙物件目録記載(二)の店舗付共同住宅(以下「被告建物」という。)を所有し、これを営利の目的で第三者に賃貸しようとするものである。
2 原告らの日照等の被害
(一)(1) 原告建物は、木造二階建の居宅であり、南側に、一階に和室二室、二階に洋室二室が並んでおり、右各室の南面に開口部が設けられている(一階東側の和室には東面にも窓が設けられている。)。
(2) 被告建物は、東西約七.四メートルないし九.五メートル、南北約一五.九メートル、高さ約九.九メートルの、地上三階地下一階建てであり(ただし、地階は上半分が地盤上にあるいわゆる半地下となつており、実情は四階建に近い建物である。)、その建築位置は、南側の道路境界線からは約一.八メートルを空けているにもかかわらず、原告建物側の北側は敷地境界線から約四〇センチメートルを余すのみである。
(二)(1) 被告建物の建築前に被告土地上にあつた旧建物は、東西に棟の通つた平屋建(ただし、一部、中二階があつた。)木造住宅であり、その北側敷地にも充分な空き地を設けた位置に建てられたものであつたため、原告らは冬期においても充分に日照を享受していた。
(2) 被告建物の建築後、原告建物が受け得る日照は大幅に減少し、冬至期における午前八時(真太陽時による。以下同じ。)から午後四時までの間の、原告建物南面の日照状況をみるに、一、二階の各西側窓(西側の部屋の南面窓の意味。以下同じ。)で一時間弱、一階東側窓で約二時間、二階東側窓で約三時間程度になつてしまつた。加えて、冬至期においては朝夕の太陽高度がとりわけ低いため、被告建物と他の建築物とによるいわゆる複合日影も生じて、原告らの得られる日照は極めて少ない。また、春秋分に至つても、朝夕は冬至期に比べれば、やや日当たりが良好にはなるものの、主要な昼間においては、被告建物の高さによる日影が原告建物二階の南面の窓を覆つている。
ちなみに、被告建物は、冬至期には原告建物の北側道路の更に北側の土地にさえ日影を与えているのである。
(3) 原告及びその妻はいずれも老齢者であり、長男も心疾患で運動を制限されていることから、原告らにとつて一階の日照は極めて重要である。被告建物によつて悪化した環境から逃れるためには、他に転居する以外にないが、原告及びその妻のような老齢者が転居を強いられるのは極めて大きな精神的苦痛である。
(三) 被告建物により、原告建物には、日照阻害のほかにも、通風・採光に重大な支障が生じた。また、前記の被告建物の大きさや建築位置等からして原告建物はその南側に大きな壁ができたに等しい状況であり、被告建物は原告らに威圧感を与える。さらに、被告建物に設けられた出窓は、原告建物敷地との境界線いつぱいにまで突出しているため、原告建物を容易に観望でき、原告らのプライバシーが侵害されるうえ、高所から原告建物敷地に有体物が落下する危険性も予測される。
3 地域状況
原告建物及び被告建物が所在する付近の地域(以下、「本件地域」という。)は、都市計画法上、第二種住居専用地域に指定されており、本件地域の建物も主として一、二階建ての低層住宅で、三階建ては散見される程度であり、その三階建ての建物も、多くは、その北側が道路であつたり、広い空き地が設けられていたり、建物の北側全体または三階の一部分をセットバックしているところが多く、被告建物のように三階半の建物で北側いつぱいに建てられたものは稀である。
4 公法上の規制との関係
建築基準法上、第二種住居専用地域においては、高さ一〇メートル以上の建物の場合、冬至期において、平均地盤面からの高さ四メートルの基準水平面において、敷地境界線からの水平距離が五メートルを越える部分に一日四時間以上の日影を生じさせてはならず、同じく水平距離が一〇メートルを越える部分に一日二.五時間以上の日影を生じさせてはならないこととされている(同法五六条の二)。
前記のとおり被告建物は高さ九.九メートルであるから、右規定の直接の適用はないけれども、被告建物は、高さ四メートルの基準水平面において、敷地境界線から水平距離五メートルを越える部分に一日四時間以上の日影を生じさせるものであり、原告敷地に右規制を超える日影を与えている。
被告建物はその高さをわずか一〇センチメートル抑えることによつて、右規制の適用を免れているものであるが、右規定は、その趣旨からしても、高さが一〇メートルに足りない建物についても類推されるべきである。
5 交渉経過
被告が被告建物敷地を購入した直後の昭和六三年八月ころ、原告の妻は、不動産業者から被告建物が三階建てとなる旨を聞いたが、三階建てであれば常識的にその敷地北側を少し空けてくれるだろうと考え、さほど大きな建物も予想していなかつたところ、平成元年三月初め、突如、被告建物の建築が開始され、同月五日上棟されて初めて、原告らは具体的に被告建物の規模や建築位置を知つた。原告は、東大阪市等に相談し、被告建物の設計監理者である日本電建株式会社(以下、「日本電建」という。)に設計変更を求めたが、被告からは何の連絡も説明もなかつたので、同年四月三日東大阪簡易裁判所に調停を申し立てた。ところが被告は、右調停期日においても、被告建物の設計変更については一向に考慮せず、金銭的補償の話に終始し、そればかりか、そのころには、被告建物の建築工事現場が外部から見えないように覆いをし、一挙に突貫工事を行つて、調停の中でも工事の進行程度から被告建物の設計変更はできない旨強弁した。このように、原告らとの交渉過程においても、被告からは誠意ある対応はなかつた。
6 その他の事情
(一) 被告建物は、建ぺい率〇.五九九で、建築基準法により本件地域において許容されている建ぺい率〇.六の限度一杯に建築されている。
(二) しかも被告建物は、地階のうち七七.一四平方メートルの部分を駐輪場という形で建築確認申請することにより、建築基準法上の容積率をクリアーさせているものであるが、実際は、地階は、駐輪場とされている部分をいつでも店舗に転用できるよう施工されており、将来は店舗として使用することが目論まれ、現在その大部分は現実には駐輪場としても使用されていないのであつて、地階は、違法な店舗転用を予定して設けられたものである。
7 被害回復
現在の被告建物が原告建物に与える日影の状況と、被告建物が請求の趣旨記載のとおり三階の二部屋と二階の一部屋が撤去された場合の原告建物に与えるであろう日影の状況とを比較すると、冬至期において、一階の窓面の日影に変化はないが、二階の窓面においては著しい改善がみられ、二階各窓面における有効日照時間中わずかでも日照のある時間を比較すると、二階南面西側の窓においては、現状約一時間弱から約八時間(全日)へ、二階南面東側の窓においては、現状約三時間弱から約五時間へとなる。
8 よつて、原告は、被告に対し、別紙物件目録記載(二)の建物(被告建物)のうち、別紙図面(一)及び(二)に赤斜線で表示した部分(二階北側の一室及び三階北側の二室)の撤去を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(当事者)は認める。
2 請求原因2(原告らの日照等の被害)について
(一) (1)(原告建物の構造等)については明らかに争わない。
(2)(被告建物の構造等)のうち、被告建物の北側が敷地境界線から約四〇センチメートルを余すのみであるとの点は否認し、その余は認める。
(二) (1)(旧建物の構造等)については明らかに争わない。
(2)(日影状況)は知らない。
(3)(原告らの事情)も知らない。
(三) (三)(その他の被害)は、いずれも否認する。
3 請求原因3(地域状況)のうち、本件地域が都市計画法上、第二種住居専用地域に指定されていることは認めるが、その余は争う。
4 請求原因4(公法上の規制との関係)のうち、建築基準法上、高さ一〇メートル以上の建物の場合、一日の日影時間が冬至期において平均地盤面からの高さ四メートルの基準水平面で敷地境界線からの水平距離五メートルを超えて四時間以上、一〇メートルを超えて二.五時間以上となつてはならないとされていること、及び、被告建物が高さ九.九メートルであることは、いずれも認めるが、その余は争う。
5 請求原因5(交渉経過)のうち、原告が日本電建に被告建物の設計変更を申し入れたこと、及び、原告が東大阪簡易裁判所に調停の申立をしたことは認めるが、その余は否認する。
6 請求原因6(その他の事情)について
(一) 同(一)は明らかに争わない。
(二) 同(二)は争う。
7 請求原因7(被害回復)は知らない。
8 請求原因8は争う。
三 被告の主張
1 原告建物の日照減少は、以下の事情からして、受忍限度の範囲内である。
(一) 被告建物は、ほとんどの部分において、原告建物側の敷地境界線から五〇センチメートル以上の間隔が空いており、ほんの一部に壁厚の計算違いにより四〇センチメートルのところがあるに過ぎず、南側の道路境界線から約一.八メートルを空けているのも、殊更のものではなく、建築基準法上の道路斜線制限によるものである。
また、原告建物自体、南側の敷地境界線に接近して建築されており、このことも原告建物の日照減少の一因となつている。
(二) 被告建物の北側窓は、不透明の型板ガラスで開閉不能なものとなつており、原告方を観望することはなく、有体物落下の危険性もない。
(三) 本件地域は、近時、都市化が進み、地価の高騰と相俟つて土地の高度利用がなされるようになり、最近建築される建築物の多くは、三階建以上となり、かつ、各建物が境界線に接近して建築されているのであつて、東大阪市の商工会議所においても、土地の高度利用のため、「用途地域の見直しと容積率の増率」を主張している。また、他の三階建に見られる原告主張のセットバックについても、道路斜線制限等の理由によるものと解され、被告建物が本件地域で稀な建物であるとは到底言えない。
(四) 被告建物の地盤面からの全高は九.九メートルであるから、建築基準法第五六条の二による日影規制の適用を受けず、また、東大阪市中高層建築物等指導要綱(同第三条(2)によれば、「中高層建築物」とは、地盤面からの高さが一〇メートルを越える建物をいう。)の規制も受けない。被告建物は、法的規制を遵守して建築されている。
(五) 被告は、建築工事に着手する前に、日本電建の担当者と共に、原告らを含む近隣者に挨拶に回り、被告建物の概要、建築方法、建築期間等を説明した。特に、建築物の概要(三階建であること)については、浄化槽設計書に建築物の設計図を付して地元自治会長に提出しており、被告が三階建マンションを建築することは、地元近隣者には充分周知させており、被告建物の建築については、地元から何らの異議や反対もなく建築に着手した。
また、被告は、前記のとおり、被告建物の廊下や窓等に原告方を眺望等できぬよう相応の措置を講じてきたし、原告建物に対する日照減少の代償として、金銭的補償の提案や太陽光採光システム設置の提案等、原告の要望にできるだけ対応するよう、誠意ある態度を示してきた。
2 仮に、原告建物の日照減少が、受忍限度の範囲を超えているとしても、右1記載の各事情に加え、被告及び日本電建が原告らに対する害意を持つていないこと、被告建物の一部撤去は、建築技術上困難であるばかりでなく、強いて撤去するとすれば、被告は多額の出費を強いられるし、右部分には既に入居者があり、これらの者の居住権をも侵害する結果となることからすれば、原告の請求は失当である。
四 被告の主張に対する認否
被告の主張は、すべて争う。
第三 証拠《略》
【理 由】
一 《証拠略》を総合すれば、以下の事実を認めることができる(なお、便宜上、当事者間に争いのない事実も、以下に併せて掲記する。)。
1 原告建物は昭和五三年四月に新築された木造二階建の居宅で、原告は同年五月その保存登記を了して、これを所有している。
原告建物敷地は、北側において道路と等高に接する、東西間口約一〇.四メートル、南北の奥行き約八.五メートル、面積約八八平方メートルの、ほぼ長方形の平坦な土地であり、その地上の原告建物の位置及び高さはおよそ別紙図面(三)、(四)のとおりであつて、南側の被告建物敷地との境界からは、最も狭いところで約〇.九五メートル、広いところで約一.八メートル離れているが、北側では、道路との敷地境界線から約〇.五メートルと、ぎりぎりに建てられている。
原告建物は、南向きに、一階に六畳の和室二室、二階に約七畳の洋室二室が並ぶ間取りとなつている。二階部分は、ほぼ一階の和室の上に位置していて、南壁は、一階西側の和室と同じ面にある。
各居室の南面には、別紙図面(五)のとおり、ガラス引き違い戸を設置した開口部が設けてある。東面にも、一階の和室に、高さ約一.五メートル、幅約一.八メートルの窓が一個ある。西面には、北向き玄関に小窓があるが、一、二階とも居室の西面には開口部はない。一階の北側は、玄関のほか、台所等になつていて、北や東に向いて小窓がある。
原告は、原告建物に、妻及び長男とともに居住しているが、原告及びその妻はいずれも現在七〇歳を過ぎた老齢者(年金生活者)で、夫婦とも健康は優れない。長男は現在三〇歳半ばだが、心臓疾患のため、運動制限を受け自宅療養中の身である。
2 被告建物敷地は、北側において原告建物敷地と、南側において道路と、いずれも等高に接する、東西の間口一一.一メートル、南北の奥行き一八.一ないし一八.四メートルの、ほぼ長方形の土地であり、別紙図面(三)のとおり、原告建物敷地とほぼ正確に南北に続いている。
被告建物は、右敷地上に、平成元年七月に建築された、別紙図面(一)(二)表示のとおり、東西約七.四メートルないし九.五メートル、南北約一五.九メートル、高さ約九.九メートル、鉄骨造陸屋根で外壁にALC板を用いた、地上三階地下一階建であるが、地階の上半分、高さにして約一.八メートルが地盤上に出て、採光窓が設けられた、いわゆる半地下となつている。賃貸用のいわゆるワンルームマンションとして建てられたもので、一ないし三階の各階に、五戸づつ、計一五戸分がある。
被告建物の位置や高さ及び原告建物との相互関係等はおよそ別紙図面(三)、(四)のとおりである。南側道路の幅員が約四.五メートルで、建築基準法上の道路斜線制限に沿つて、南側壁面は、道路との境界から約一.八メートル後退しているが、北側壁面は、原告建物敷地との境界線から〇.五メートルていどであり、少ないところでは〇.四メートルを切つている(別紙図面(三)の数値は壁芯からの距離である)。そのうえ、北壁には一ないし三階にそれぞれ一個ずつ計三個の出窓が設けられているが、これらは原告建物敷地との境界線いつぱいまで突き出ている。
3 被告建物が建築される以前には、被告建物敷地上には南側道路に沿つて、木造二階建の居宅が存在していたが、その屋根は東西に棟の通つた入母屋造りの瓦葺であり、また、北側に炊事場と便所が出ていたものの、その壁面でも原告建物南壁面から約六メートル余(三間半)ほども離れており、その間は、洗濯物干し場や花壇等として利用されていたため、原告建物は十分な日照を享受し、併せて、通風、採光も良好で、解放感もあつた。
原告及び被告建物敷地の西隣は、北半分が訴外安田善治方居宅の敷地に接し、南半分は訴外村岡某方居宅の敷地に接する。右安田方の居宅は、二階建で、その東壁面は敷地境界線から〇.四メートル程度しか離れておらず、かつ、原告建物に比べて南側に出ているため、原告建物の日照を妨げる存在ではあるが、その二階屋根は、入母屋造りの瓦葺であり、かつ、原告建物二階窓よりせいぜい二メートルていど南に出ただけであるので、冬季は、午後遅くの、落日前の日照を防げるだけである。その南側の訴外村岡某方は、南側道路に接する平家建居宅とこれに並ぶ平家建車庫があるだけであり(車庫の上は物干し場になつているが、透光性のプラスチック屋根を設けているだけである。)、原告建物にとつて日照の妨げとはならない。
原告及び被告建物敷地の東隣は訴外西田某方の居宅があるが、南側道路から北側道路まで続く広い敷地に、南向きの二階建の入母屋造りの瓦葺屋根を有する母屋と、北側道路に面した二階建建物があるだけであり、母屋の二階屋根は原告建物南面よりも数メートル南までしかなく、原告建物の日照享受には殆ど影響はない。
4 原告建物の、冬至期における南面開口部の午前八時から午後四時までの間の日照状況を見る(建築基準法の日影規制等に照らして、この時間帯のみ検討すれば足りるというべきである。)に、二階の西側窓は朝から被告建物の影に入つており、東側窓も、午前一〇時ころには、約半分が被告建物の影に入り、一一時前には、南面の開口部すべてが被告建物の影に覆われてしまう。その後原告建物全体がずつと被告建物の日陰にあつて、ようやく午後三時ころになつて一、二階の西側開口部に、西に傾いた太陽の光が被告建物の西側から戻つて来るが、四時までには、西側開口部の西半分に達する程度であり、その間も、西隣の建物の影が次第にせりあがつてくる。東側の窓には日差しは戻らない。
そして、太陽の高度・方位からすると、春分・秋分においても、太陽の光が被告建物の上を越して原告建物二階の南面窓に及ぶことはなく、午前一一時すぎまでと、午後二時前からあとに、被告建物の側面から太陽を見ることができるだけである。
なお、一階東側和室の東面の窓からの日照は、午前中のごく限られた時間の、ごく狭い範囲のものでしかないことは明らかである。
5 被告建物は、原告建物の南側ほぼ真正面の位置にあつて、原告建物南面開口部から、一階東側では一.三メートル前後、一階西側及び二階からでも二.二メートル程度の距離しかないところに、二階窓からでも、被告建物の三階先端を仰ぎ見ることができないほどの高さに聳えていて、いわば原告建物南面の開口部に蓋をするような存在である。原告らは、窓を開けて身を乗り出すようにして初めて、東西の西端に空を見ることができるだけであつて、室内からでは、被告建物の壁以外のものを見ることはできない。
従つて、被告建物は、原告建物の通風や採光等を遮ることも甚だしく、原告らに相当な圧迫感を与えている。
6 本件一帯は都市計画法上の第二種住居専用地域に指定されていて、建築基準法及び条例によると、高さ一〇メートルを越える建物については、冬至において、地盤からの高さ四メートルの基準水平面において、敷地境界線から五メートルを越える部分に、午前八時から午後四時までの間に、四時間以上の日影を生じさせてはならず、敷地境界線から一〇メートルを越える部分に二.五時間以上の日影を生じさせてはならないものとされる。
右規制を被告建物に当てはめてみると、被告建物が、冬至において、地盤から四メートルの高さの水平面に作る日影は別紙図面(六)の日影平面図のとおりであつて、被告建物は一〇メートル基準に関する規制はクリアーしているが、五メートル基準に関する規制に反していることとなる。またその日影は終日、原告建物の北側道路に及んでいることが判る。
7 本件の原告建物及び被告建物は、大阪市の東郊にある近鉄奈良線の東花園駅から北西へ道路沿いに約五〇〇メートル程の至近距離にある。付近は農家の多い田園地帯であつたところに、次第に住宅が建ち並んできたところであり、さほど広くない敷地に、一、二階建の低層住宅が建てられた、近郊住宅地を形成していて、畑も点在している。
もつとも、三階建以上の中高層建物も点在するが、多くは東花園駅を中心に、駅前のごく限られた周辺とそこより東の方向であり、原告及び被告建物敷地周辺は、被告建物のほかには三階建以上の建物はない。原告建物の一ブロック隔てた北方に、狭い敷地に建てられた瓦葺三階建の住宅が二棟あり、その北側に殆ど空間もなしに平家ないし二階建が接しているが、どちらの場合も、東または西で道路に面しており、北側の建物も、午前または午後と限られてはいるが、日照を享受している。その他に点在する三階建以上の建物も、その多くが北側に道路や駐車場があり、あるいは北側隣家の日照を慮つて、壁面を後退させている。
なお、敷地境界線までの距離が〇.四メートルを切るような建物は周囲にもないではないが、それは木造二階建クラスの建物が密集して建つているというにとどまる。
そして、被告建物敷地の南側道路の東西から眺めると、瓦葺の二階または平家の屋根が断続的に続く、ひろやかな空間のなかに、被告建物の直角の高い壁が、道路際まで、他を圧するように、突き出ており、近隣の家並みと全く調和していない。
また、住宅地化が進んでいるとはいえ、このような一帯の現状からして、今後急速に都市化が進行し、三階建以上の建物が主流となつていくとは考え難い。東大阪市商工会議所が、パンフレットで、「土地の高度利用のための用途地域の見直しと容積率の増率」を主張しているとはいえ、商業地域や中高層化すべき住居地域のことをいうにとどまる。
8 本件地域は第二種住居専用地域として、敷地面積に対する建ぺい率は〇.六、容積率は二.〇に制限されているところ、被告建物の敷地に対する建ぺい率は〇.五九九で、限度いつぱいである。また、容積率においても、地階部分九九.七一平方メートルをすべて容積率計算に算入すると、二.〇をかなり越える違法なものとなるが、建築確認申請では、このうち七七.一四平方メートルを駐輪場とし、残りだけを店舗部分とすることで建物の容積率制限をクリアーしている。しかし現実には、建築確認申請図とは異なり、駐輪場と店舗用の部分との隔壁を施工せず、地階全体を店舗等として使用できるように施工してある。現在のところ地階の入居者はないが、駐輪場としても使用していない。
9 被告建物の工事及び原告との交渉経過は次のとおりである。
被告は、かねてファミリーマンション(家族向けのアパート)一棟とワンルームマンション二棟を所有して賃貸しているものであつて、同様に賃貸用のマンションを建築する目的で、昭和六三年八月三一日ダイニチ興産から被告建物敷地を購入し、同年九月五日にダイニチ興産側で旧建物の解体を終えた。
被告の依頼を受けた日本電建により、同年九月の終わりころに、設計図面が出来上がり、一〇月二日に、東大阪市建築指導課に建築確認申請がされ、一〇月一二日には地域の水利組合及び地元自治会長から、し尿浄化槽からの下水放流の同意を得た。一〇月三一日に、被告と日本電建との間で、着工は同年一一月一日、完成引き渡しは翌年五月三〇日との約で建築請負契約が締結され、工事が始められたが、その後一一月一四日になつて、建築確認通知があつた。同月二一日に日本電建が建築工事に伴う被害の苦情に備えて、近隣の家屋調査を行つた。平成元年一月一〇日ころ基礎工事が終了して、二月二八日に鉄骨組立(建方)が行われた。
この間、被告代表者が日本電建梅田支店所属の営業担当者山口と共に近隣へ挨拶に回り、原告方へも九月二四日に赴き、三階建のワンルームマンションを建てる旨の概括的な説明を行つたほか、日本電建の社員が、同年二八日に原告の妻の立会を得て境界確認を行い、さらに工事被害の調査にも原告宅を訪れたが、原告宅が、最も直接にかつ深刻に、被告建物の影響を受けることが明らかであるのに、被告代表者や日本電建の担当者が原告らに対して図面を示して被告建物の説明をしたことはなかつた(自治会長等に捺印を求めた下水放流の同意書には被告建物の設計図が添付されていたが、これが原告らに示されたことを認めうる証拠はない。)。
原告やその妻は、建ち上がるまでは被告建物を具体的にイメージできず、三階建ならば、相当ていど境界から後退して建ててくれるものと考えていたため、組み立てられた鉄骨に驚き、市役所や府議会議員事務所をかけずりまわり、これらのルートを介して、三月一五日ころ、被告及び日本電建に対し、境界線から五メートル離して二階建にして欲しい旨を要望したが、被告代表者は日本電建に設計変更の検討を促すようなことはせず、原告宅を訪れた同社の社員も、違反建築ではない旨を説明するだけであつた。
原告はさらに市役所の法律相談等で指導を受けて、東大阪簡易裁判所に同年四月初め調停の申立をしたが、同月二四日から開かれた調停期日には、被告代表者は出席せず、日本電建の営業担当者のみが出席し、「組み上がつた鉄骨は削れない。」「もう工事は進み、床を張つたので取り壊せない。」などとして、設計変更等は拒否し、原告建物に対する日照被害について金銭補償はするとの回答に終始し、ただ、廊下やベランダには、原告建物が見通せないように、不透明ガラスの遮蔽板をつけ、被告建物北壁の窓三個は、不透明ガラスによる固定式のものとするといつた、プライバシー侵害や有体物落下の危険性に対する一応の対応をしたのみであつて、第五回の期日である七月二四日に調停不調に終わつた。
そしてこの間、工事はほとんど滞ることなく進められ、七月五日までに被告建物が完成し、同月末日までに被告に引き渡された。
本訴に至つて、被告は、原告建物に対する日照減少の代償として、金銭的補償のほかに、鏡を利用した太陽光採光システムの設置を提案したが、その効果がどれほどのものであるかは不明である。
二 以上に認定した事実に基づいて検討する。
1 被告建物は建築による原告建物に対する日照の阻害は、旧建物当時に比して著しく大きく、特に冬至においては原告建物南側の開口部の日照は、一、二階ともほとんど終日これを奪われるに至つたもので、通風阻害や圧迫感等をも含めて、原告らが受ける被害は甚だ深刻なものであるといえる。原告建物は最も通常の位置に、ごく常識的な居宅として建築されており、日照享受のための配慮に欠けるといつた事情は見出し難く、わずかに、二階部分が一階の南寄りに乗つた形である点が指摘しうる程度である。この建物は被告建物が建築される約一〇年前から原告ら家族の居宅として使用されているのであり、原告らはいずれも健康の優れない者ばかりで、より良い住環境を求めて他に転居するというのは現実的でないし、それを強いられるいわれもない。
2 これに対し被告建物は、営利目的の賃貸マンションとする目的で、新たに敷地が購入されて、建築されたものであり、もとより、被告に、この敷地にこのような建物を建築する必要があつた訳ではない。
被告建物は、建築基準法ならびに東大阪市中高層建築物等指導要綱等に適合するものとして建築確認を受けてはいるが、これらの行政的規制を免れるために僅か一〇センチメートルだけ高さを抑えたにすぎないのであつて、第二種住居専用地域における日影規制の直接の適用はないものの、その規制の趣旨に明らかに反していて、北側直近に存在する原告建物に対する日影等の影響は全く配慮しないものであつて、半地下の存在やその面積自体からしても、ひたすら営利目的のために、敷地に対して行政法規上許容された極限の建築物として設計されたものと評するほかない。
たしかに、被告に原告らに対する積極的な害意があつたとする事情は窺えないが、被告建物の建築により、原告建物を、まるで穴倉の如き状態にしてしまつたのであつて、すぐ北隣にある原告建物に対する配慮を全く欠いたまま、自己の営利のみを考慮したものとして、しかも容積率の点では建築基準法を潜脱しようとしているものとして、その不法性は顕著であるといえる。
3 周辺は現在、二階建ていどの低層住宅街を形成しており、今後急激に中高層化するとも考えられず、原告らが原告建物を現状のとおりの二階建に止めたまま、被告建物の一部撤去を求めることにより日照等を回復したいと期待するのはいわば自然の要求であり、また、被告建物の日影が、冬至においてはほぼ終日、原告建物二階までを覆い、さらに原告建物北側道路にまで達している現状では、被告建物の一部を撤去する以外には、被害回避の方策はないものというべきである。
4 たしかに、被告建物は、既に完成していて、その一部を撤去するには、建築技術上の困難があり、金銭的な負担が嵩むことは明らかであるし、さらにはすでに被告建物に入居している賃借人の生活に与える影響も小さなものではなく、完成した建物の撤去自体、社会的な損失でもあるといえる。
しかし、被告は、被告建物の建築により甚大な影響を被ることが明らかな北隣の原告らに対して、誠実な説明を一度として行うことなく工事に着手したうえ、年老いた原告ら夫婦が、市役所、府議会議員事務所、簡易裁判所の調停などと、かけずり回つて必死に訴えているのに、いつさい耳を貸さず、被害回避や設計変更について具体的な検討を行うことなく、ひたすら工事を強行したのであつて、その当時、原告らの訴えに真摯に対応して、工事を一旦停止し、設計変更をしておれば、現在よりはるかに容易に対処できたはずである。原告が速やかに建築工事続行禁止の仮処分を得ていたならばとも思われるが、そのような手段を知らず、その方策をとらなかつたからといつて、責めることはできない。撤去に多額の費用を要することは、原告らの撤去要求を排斥する理由たりえず、工事が完成したからといつて撤去を免れることができるとするのは、厚顔で不誠実な建築主、設計者、施工業者を放置し、不法な工事の強行を助長することにもなる。
5 結局、被告建物により惹起された原告建物の日照等の阻害は、被害の程度、原告建物及び被告建物のそれぞれの建築位置、規模や用途、地域性や周辺の状況、交渉の経過等、いかなる観点からしても、原告らの受忍すべき限度を著しく越えるものであつて、その救済のためには、被告建物の一部撤去を行うほかないものというべきであり、原告は、その建物所有権に基づき、建物の利用権に内包される、日照、通風、開放感等の、快適な生活を維持するための法益を侵害するところの、被告建物の一部撤去を求めることができるものというべきである。
三 そこで、撤去を命じる範囲であるが、既に建物完成後における一部撤去の建築技術上の困難であることや、右に述べた第二種住居専用地域における日影規制等を考慮すると、以下のとおり、被告建物の三階の北端の一室及びそのベランダ並びに同室前の廊下部分すなわち(別紙図面(一)(二)の青斜線部分)の撤去を命ずることができるにとどまるものというべきである。
すなわち、前記認定の別紙図面(三)(四)の原告建物と被告建物との関係及び太陽の高度や方位等からして、この三階の北端の一室を撤去すれば、前記の第二種住居専用地域における日影規制(四メートル水平面の境界から五メートルを越える部分では一日四時間を越える日影を生じてはならない。)をほぼクリアーするものと思われ、この部分を撤去すれば、相当の日照、通風、開放感が取り戻せるといえる。もつとも、これだけでは、特に冬至においては、直射日光が原告建物の室内に入る時間は殆ど増加しない(太陽高度からして、被告建物越しの日照は増えない。)が、これは原告建物敷地が狭いものであることや、原告建物の二階部分が、比較的南寄りに乗つていることから生じる不可避のこととして(なお、原告建物敷地が狭隘であることからして、一階部分の日照の保護は図りがたい。)、受忍すべきものというほかはなく、右一室の撤去だけでも、年間を通して見れば、日差しが室内に入らない期間は著しく短くなり、春分秋分のころには、被告建物越しの日差しも室内に差し込むようになる。
もとより、原告の申立どおり、三階の北側二室、二階の一室を撤去すれば、原告建物の日照享受が著しく改善されることは明らかであり、原告らがこれを望むのは無理もない。しかし、この場合の日照回復の程度は、第一種住居専用地域についての日影規制(一.五メートルの高さの水平面で、敷地境界線から五メートルを越える部分に、一日四時間以上の日影を生じさせてはならないとするもの。)をもクリアーするほどと思われ、かつ、第一種住居専用地域についての日照保護のための北側斜線制限(北側敷地境界線から真北方向の水平距離に一.二五を乗じたものに五メートルを加えた高さを越える建物を建ててはならないとするもの。第二種住居専用地域でも、適用されることがあるが、本件地域は前記日影規制のみである。)をもはるかにクリアーする程であつて、この第一種住居専用地域並みの日照享受を求めるのは、本件地域においては、行き過ぎであると言わざるをえない。
四 以上の理由により、被告に対し、被告建物の三階の北端の一室及びそのベランダ並びに同室前の廊下部分(別紙図面(一)(二)の青斜線部分)の撤去を命じ、原告のその余の請求は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。なお、仮執行の宣言は相当でないからこれを付さないこととする。
(裁判長裁判官 下司正明 裁判官 綿引 穣 裁判官 永淵健一)
《当事者》
原 告 安田一雄
右訴訟代理人弁護士 臼田和雄 同 木村五郎
被 告 有限会社 池田産業
右代表者代表取締役 池田和夫
右訴訟代理人弁護士 片山善夫